白山神社由来

写真[落合白山神社入口]

御祭神

伊弉諾尊、伊弉冉尊の二柱です。


総本社

石川県石川郡鶴来町に在り、富士山・立山と竝んで日本の三名山と仰がれる霊峰白山に白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ)を祭る。その山麓に在る白山本宮・加賀一ノ宮白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)は全国に三千余を数える白山神社の総本社即ち白山本宮として尊敬されている。落合白山神社もそのうちの一社である。


落合白山神社 
多摩市落合一、二五六番地(現:二丁目二番地ノ一)

鎮守白山神社の創建年代は、明治初年、祠官の太田勤之助(多摩市一ノ宮)の居宅火災に罹り、旧記古分書等灰燼に帰した為明細に知ることは難しいが、落合旧記・武蔵風土記稿によると、江戸時代・代官小宮山ハ兵衛助為・社守圓能房が加賀一ノ宮白山比咩神社の社霊を勧請し、元和四年(1618)霜月十一日遷宮したと棟礼があり、別当寺として同村堀合堰にあった新義真言宗高幡金剛寺末、青木山又は落合山とも云う東福寺を社の西に配して、白山大権現を奉祀する。明治の神仏分離により白山神社と改称される。
口碑によれば、鎮座地落合青木葉は武蔵国府中に国府が置かれた当時、相模の国小山田より通ずる国府街道に面して、背には清水湧く不動瀧、緑深き境内地四百七十坪を圍らせて落合産子、上ノ根、青木葉、山王下、中組、唐木田によって約四百年に亘る時代の流れの中に霊徳を慕われてきた。又再建と云われ、その証左と云うべきは、明治八年大雨に依り本殿背後山腹が崩壊したとき、公卿の木像四体出土する。この木像により推測するとき、五百年前に建立されたのち再興になるものと思われる。
尚、再興のとき社領拾石の朱印を賜わっている。其の朱印状は慶安元年(1648)七月十九日付、ほか九通は明治元年(1864)八月、ときの韮山代官江川太郎左衛門英敏のもとに差出した儘返付されないが、当時の謄本により見るとき、尚其の以前より朱印を拝領していたことは疑いないようです。

神像五体パルテノン多摩写真提供
平安・鎌倉時代/白山神社蔵
明治8年に神社の裏手の崖が雨で崩れた際、7体の神像が出土したという。朽損がはげしいが、十一面観音像と見られる頭頂に突起のある神像(中央)のほか、男神像(右から1・2・4番目)、女神像(左)が確認され、平安〜鎌倉時代の作と推定されている。
白山信仰はもともと石川・福井・岐阜県境にある白山(御前峰・大汝峰・別山)をご神体とする山岳信仰で、本地(神の本来の姿である仏)は十一面観音像とされる。
写真[神像五体] 写真[鏡]
鏡パルテノン多摩写真提供
(左)慶応元年(1865)/白山神社蔵
「奉納 慶応元年八月吉日 妙理白山大権現 当所 小山初造」と記されている。
(右)明治時代/白山神社蔵
鏡の裏に「天下一 藤原家重」、台座に「奉納 峯岸」「落合中組 峯岸弥市」と記されている。

鎮座地及び奉建物

社は位置高燥にして境内荘厳、樫の神木、樹齢三百年を経る椹の木壱対、春日鳥居(高さ九尺五寸間口八尺(天保年間修理)拾数歩進むに石造の手水舎、階を昇りて狛犬壱対(大正震災により修理)拝殿(三間×三間半)享保年間再建)構造善美を尽さざるも古能荘厳なる本殿(五尺×四尺)六拾参階の階上にあって覆殿(二間半四方)を設けて、御神体は馬上の神像を安置する。石階は宝暦年間氏子より奉納されている。
社頭を飾る妙理白山大権現の大幟は、社の象徴として親しまれて来た。安政年間に北多摩郡国立の人で大文字を能くした本田定済号覚庵の筆になるものである。昭和五十二年に覚庵筆蹟にならって復元。源平盛衰記の中に、白山妙理権現は日本無雙の霊峰にて朝家唯一の神明なり、或は、白山は北国第一の霊峰、効験無雙の明神なり、ともたたえられている。
白山妙理権現の意義について大永神書に、我が名をば仏法大棟梁白山妙理権現と号するなり。しかるに仏法とは法華上乗の法要、真言不思議の教なり。この実教を擁せる故に大棟梁と云う、白山。白は白浄無梁の義、山は不動確固の義、妙理は中道実相の妙理なり。権現とは普ねく法界に形を変じて衆生をはぐくむ姿なり。たとへば天の月の万水に影を浮かべるがごとしとあり、時には妙理菩薩とも唱えられた。このように神と仏を一体とする本地垂跡の考えのもと、古本尊大日如来・不動尊を本地としたが、神仏分離によって別当寺東福寺の本尊となっている。
外に石燈籠伊弐基は、元禄及び文化の各年に奉納されたものである。社の例大祭は、従来八月十九日であったが現在は九月の第二日曜日に改められて、戦前は獅子舞の奉納と若者による素人芝居や地回りの役者によって盛大な祭りが続けられたが、戦後、獅子舞などの後継者の断絶によって、社宝として二組の獅子頭(寛政年間修理)を継承されている。其の他の社宝として十二支の図が一幅(小山初造義春)がある。

落合鎮守 白山神社 昭和五十四年十一月
(平成23年2月15日 調査員 須藤起雄)

白山神社の幟パルテノン多摩写真提供
(左)「奉納妙理白山大権現」 年代不明/白山神社蔵
全長7mの幟。「妙理白山大権現」「武州多摩郡」「惣氏子」の文字が書かれている。年代は不明だが、かなり古いものと推定される。幟は、祭礼の際などに参道の入り口に立てられた。
(中)「妙理白山大権現」 安政3年(1856)/白山神社蔵
全長10mの幟。「安政三年丙辰秋八月 落合村産子中 覚庵田済書」と記され、印が押されているので、下谷保村(現・国立市)名主・漢方医で、書家でもあった本田覚庵(定済・定脩)の筆であることがわかる。「妙理白山大権現」の部分は分断されているが、元来はひとつであったと思われる。
(右)(江戸時代/白山神社蔵/「十一面観世音菩薩御宝前」
全長4mの幟。「十一面観世音菩薩御宝前 上落合村 田中幸四郎母」と書かれている。幸四郎の母は18世紀後半に活躍した上落合村の仏師・田中幡磨の妻とあるという。これと対になると思われる。「(前欠)世音菩薩御宝前 上落合村 小泉利左衛門母」と書かれた幟もある。
写真[白山神社の幟] 写真[幟とシメキリ]
幟とシメキリ昭和40年代/峰岸松三氏提供
シメキリとは、紙張りの屋根の軒先に造花で飾りつけた竹ひごを挿し、提灯を吊るした門柱のこと。道中を清める注連縄が変化したものといわれ、白山神社祭礼の際に、各講中によって立てられた。
昭和初めごろの白山神社の祭礼は、9月19日におこなわれ、前日の宵宮には当番が拝殿に寝泊りした。拝殿には祭文語りや説教師がやってきて、語りを聞かせることもあった。戦前には神楽や獅子舞も奉納されていたというが、現在ほどにぎやかな催しはなく、酒や手作りの饅頭を食べたりするのが楽しみであったという。

写真[神紋の由来] ページトップ

縁起記

写真[白山神社絵図] 白山神社絵図
大正3年ごろ/太田伊三郎氏蔵

縁起記

当神社は落合村旧記や棟札、武蔵風土記稿に依ると江戸時代の元和四年(一六一八)霜月十一日、時の八王子代官、小宮山ハ兵衛助為と村人が協力し石川県、加賀一ノ宮の白山比咩神社を遷座し上落合(中組)に在りし東福寺を社の西に移し別当寺にしたとあり、創建の年代は詳かではないが神像等の鑑定によると遠く平安、鎌倉時代の作と評価されており古を顧みれば武蔵の国府が府中にありし頃、多摩の横山径と詩われた国府道の往還にあって、都人や妨人たちの休息安堵の処と窺えます。以来、上之根、青木葉、山王下、中組、唐木田、地域の鎮守様として家内安全、五穀豊穣に獅子舞や雨乞い行事等などの祭事を代々伝えてまいりました。
昭和四十年、多摩ニュータウン開発により田、畑、山林の社地五町二反三畝五歩(一五六九五坪)が強制買収提供となり残された境内地は東京都の区画整理に伴い、緑豊かな丘陵の自然地形を造成し旧社殿を解体、本殿、石の間、拝殿を一体構造の権現造りにして五八年九月、昭和遷宮を行い、多摩ニュータウン地域の守り神、人々の心のよりどころとして鎮座されております。


獅子舞

白山神社の獅子頭は、農村時代の昔、日照りの年には大山阿夫利神社より、お水を授け神社より獅子舞行列を唐木田や、楢原、中沢、青木葉、奥の湧き水まで練り歩いて雨乞い行事を行ったり、五穀豊穣、家内安全を祈願したと伝えています。

落合白山神社 鎮座地 多摩市落合二丁目二番地の一
祭 神 伊邪那岐命(イザナギノミコト)、伊邪那美命(イザナミノミコト)
宝 物 神像七体、男獅子、女獅子、剣獅子
神社紋 三子持亀甲(ミツコモチキッコウ)、瓜花紋(ウリバナモン)、
祭 禮 九月第二日曜日
ページトップ

三匹獅子舞用具

写真[三匹獅子舞]

落合白山神社の獅子舞

三匹獅子舞は多摩地域に広く分布していますが、多摩市内では1か所だけ確認されています。それが、落合村の鎮守である白山神社の祭礼で奉納されていた獅子舞です。
白山神社でいつごろから獅子舞がおこなわれていたのかは定かではありませんが、少なくとも明治時代には活発に練習がおこなわれていたことが、当時の文書からうかがい知ることができます。
昭和の初めごろ、白山神社では9月19日に祭礼がありましたが、すでにこのときには毎年獅子舞が奉納されていたわけではなかったようです。祭礼の宵宮(9月18日)と当日は、神社の当番が拝殿に寝泊まりする程度で、とくににぎやかな催しがあるわけではありませんでした。
写真[峰岸松三画]
峰岸松三画
昭和に入ってからのおもな獅子舞の奉納は、昭和11年白山神社の村社昇格のときと、昭和15年紀元二千六百年の祝賀のときでした。この昭和15年の奉納が最後となり、それ以来、この獅子舞は途絶えたままとなっています。
ところが皮肉なことに、途絶えてしまったことによって、本来は消耗品で交換される運命にあるはずの衣装や道具類が、まるでタイムカプセルに入っていたように、古いまま残されているのです。近隣でも獅子頭が残されていることは多くありますが、とくに消耗品の衣装が残っていることは珍しいといえます。


獅子舞の衣装

写真[獅子舞の衣装]

獅子、幣負い、花笠の役の衣装は、それぞれ決められたものがありました。獅子は、短めの着物にタッツケバカマをはき、ウデヌキをはめてタスキをかけました。足には草鞋を履きました。白山神社に保管されている獅子の衣装は、上下ともウチオリとよばれる手織りの木綿です。幣負いも、獅子と同じように、着物にタッツケバカマをはき、太いタスキをかけました。腰には、綿の入った太い紐をしめました。

ページトップ

年間行事

例大祭

落合白山神社の秋を彩る祭事。毎年多くの方にご参拝いただき、最も賑わう行事のひとつです。

2016年 宵宮9月10日(土) 例祭・式典9月11日(日)14時

七五三 初参 学業成就祈願

初参や七五三、ご入学、ご卒業など人生の慶事をお祝いいたします。
お気軽にご相談ください。

2016年 祈祷日:11月3日(祝)、5日(土)、13日(土)、19日(土)、20日(日) 受付:10時〜16時
祈祷料5,000円以上(お札・お守り・記念品授与)、受付順に祈祷
七五三の祈祷を希望される方は、日時をご確認の上、直接神社にお越し下さい。

大祓

災厄などの不浄を心身から取り除き無病息災を得る、
日本古来より行われている儀式です。

2016年 12月25日(金)

初詣

新たな年のはじめには、ぜひ落合白山神社へ。
一年の安全、ご多幸を願い、皆さまでご参拝ください。

2017年 1月1日(元旦)〜7日(土) 御神酒、甘酒のサービス破魔矢、お礼、お守り、絵馬
御神酒、甘酒のサービスは予定量に達し次第、終了となります。

厄除け祈祷

厄年を迎えた方、人生の節目や勝負事を控えた方のため、
凶事や災難を除け平穏無事に過ごせるようご祈祷いたします。

2017年 祈祷日:1月9日(月・祝) 受付:10時〜16時
祈祷料5,000円以上(お札・お守りを授与)、受付順に祈祷。
表[厄年年表] ページトップ

アクセス

交通地図

地図[交通地図]
東京都多摩市落合2丁目2−1 小田急線、京王線、バス、多摩モノレールの多摩センター駅より徒歩10分
Googleマップでさらに詳しく見る

境内写真

写真をクリックすると拡大表示されます。

ページトップ